「マンジャロ譲ります」がなぜ犯罪なのか|SNS転売・個人輸入の闇
東京都薬務課が警告連発、大阪府警が初摘発。ダイエット目的で広がるマンジャロ問題を、薬機法の条文と行政の動きから整理します。
深夜のスマホ画面。「ダイエットに効くらしい」「友達がすごく痩せた」——タイムラインに流れてきた一本の動画から、興味本位で検索した「マンジャロ」という名前。
そこから数クリック先で目に飛び込んでくる投稿がある。
「マンジャロ在庫あります。1本〇〇円で譲ります」 「未使用品、すぐ発送できます。DMください」
「個人で譲るだけだから、まあ問題ないでしょ」——そう思って画面をスクロールするその瞬間、東京都薬務課の公式アカウントは、その投稿に直接リプライを送っている。
「医薬品であるマンジャロを許可等なく販売等することは医薬品医療機器等法に違反します。直ちに販売を中止して下さい」
2026年5月、この警告ポストが大きな話題を呼んだ。同時期、大阪府警は無許可販売の疑いで35歳の女性を書類送検——SNS上の不正取引が、ついに実刑視野の摘発フェーズへと踏み込んだ瞬間だった。
このコラムでは、いま社会問題化している「マンジャロ問題」を、薬機法の条文と行政の動きに沿って整理する。読者が知らないうちに加害者・被害者の双方になり得るこの問題を、消費者目線で解きほぐしていく。
マンジャロという薬の正体
まずは、なぜここまで話題になっているのか。マンジャロという薬の基本から押さえておきたい。
マンジャロ(一般名:チルゼパチド)は、米国のイーライリリー社が開発した自己注射型の医薬品である。日本では2023年に厚生労働省から製造販売承認を受けた。**承認された効能・効果はただ一つ——「2型糖尿病」**だ。
医薬品医療機器総合機構(PMDA)の患者向け医薬品ガイドには、こう明記されている。
本剤は2型糖尿病を改善する薬剤です。インスリン分泌の促進と食欲の抑制により、血糖を下げる作用があります。
「食欲の抑制」「血糖を下げる」——この作用が、副次的に体重減少をもたらすことは事実だ。しかし、これは糖尿病患者の治療における副作用的な変化であって、健康な人がダイエット目的で使うことを想定した薬ではない。
<div class="callout-tip"> <div class="callout-title">ここがポイント</div>日本でマンジャロが承認されているのは「2型糖尿病」のみ。「肥満症治療薬」としては別の商品名「ゼップバウンド」(同じ成分のチルゼパチド製剤)が米国などで承認されているが、日本では2025年時点で肥満症適応の承認待ち状態にある。
</div>なぜ「ダイエット薬」として広がったのか
医療従事者の間で「適応外使用が広がっている」と懸念されていたマンジャロが、一般層にまで急速に浸透したのは、2026年初頭から目立つようになったSNS発信がきっかけだった。
人気インフルエンサーや、いわゆる「美容インフルエンサー」と呼ばれる発信者たちが、「打つだけで痩せる」「食欲がなくなる」といった体験談を投稿。これに連動するように、「オンライン処方サービス」を謳う事業者が急増した。
問題なのは——医薬品の「適応外使用」は、医師の判断のもとでは法律上禁止されてはいないが、ダイエット目的での使用は健康な人に対して医学的に推奨される使い方ではないという点だ。
| 区分 | 承認内容 | 副作用救済 | 保険適用 |
|---|---|---|---|
| 2型糖尿病治療 | 承認済み | 対象 | 適用 |
| 肥満症治療(ダイエット) | 日本では未承認 | 対象外の可能性 | 適用外 |
| SNS等での個人間取引 | 違法 | 対象外 | — |
「『もしかして、私が見たあの投稿も……』」——そう感じた読者は、消費者として大切な感覚を持っている。立ち止まる勇気こそが、自分を守る最初の一歩だ。
法律で禁じられている「3つの行為」
マンジャロを巡る不適切な行為は、大きく3つに分類できる。それぞれ、どの法律のどの条文に抵触するのかを整理しよう。
①SNS・フリマでの個人間取引
最も明確に違法とされるのが、SNS(X、Instagramなど)やフリマアプリ(メルカリ、ラクマ等)で、個人がマンジャロを売買する行為である。
根拠は医薬品医療機器等法(薬機法)第24条——
薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ、業として、医薬品を販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列してはならない。
ざっくり言えば——**「薬を売っていいのは、許可を持った薬局・販売業者だけ」**ということ。
罰則は同法第84条で、3年以下の懲役、または300万円以下の罰金(あるいは両方)。「個人間で安く譲るだけ」「友達に渡すだけ」も、業として反復継続する意図があれば該当する。
<div class="callout-warn"> <div class="callout-title">「タダで譲るならOK」も誤解</div>「販売」だけでなく「授与」も対象——つまり無償譲渡も違法になる。「未使用だから捨てるのもったいないし、友達にあげる」という行為も、医薬品の場合は法律で禁じられている。
</div>②個人輸入による入手
「海外サイトなら安く買える」——そう謳う個人輸入代行サイトを利用するのも、極めてリスクが高い行為だ。
厚生労働省は「医薬品等の個人輸入に関するQ&A」で、繰り返し警告を発している。個人輸入そのものを禁止する法律はないものの、以下の重大なリスクがある。
- 偽造品リスク:2026年2月、英国の医薬品規制当局MHRAが、精巧な偽造マンジャロが市場に流通していることを警告
- 温度管理の保証なし:マンジャロは2℃〜8℃の冷蔵保存が必須だが、輸送中の温度管理は事実上不可能
- 救済制度の対象外:個人輸入した医薬品で健康被害が出ても、PMDAの医薬品副作用被害救済制度の対象とならない
つまり、何が起きても完全に自己責任となる。
③「販売目的の保管」も違法
意外と知られていないのが、売買成立前の「保管」自体も違法になり得る点だ。
2026年6月、大阪府警が書類送検した事例では、35歳女性のSNS販売行為に加え、販売目的で自宅にマンジャロを保管していた男女2人も摘発されている。
「まだ売ってない、ただ持ってるだけ」が通用しない理由は、薬機法第24条の「販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列してはならない」という条文にある——販売目的の所持・保管そのものが禁じられているのだ。
行政の対応:警告から摘発へ
東京都薬務課のSNS監視は、ここ数年で急速に体系化された。共同通信の報道によれば、2025年度に東京都がX上で警告した投稿は497件——うち約75%にあたる375件が、マンジャロを含む糖尿病治療薬の取引に関するものだったという。
警告の仕方は独特だ。不正販売が疑われる投稿に対して、公式アカウントが直接リプライを返す——
「東京都保健医療局健康安全部薬務課です。医薬品であるマンジャロを許可等なく販売等することは医薬品医療機器等法に違反します。直ちに販売を中止して下さい」
この定型文がSNSで拡散され、「行政がちゃんと動いている」と多くのユーザーから歓迎の声が上がった。
そして2026年6月、ついに刑事手続きへと踏み込んだのが大阪府警だった。SNSで「マンジャロを販売した」と告発された容疑者を書類送検——大阪府警としては初の摘発事例となる。
<div class="callout-tip"> <div class="callout-title">監視範囲は拡大している</div>東京都はXだけでなく、Telegramなどの秘匿性の高い通信アプリでも警告を始めると発表している(2026年度から)。「クローズドな場で売れば大丈夫」も通用しない時代になりつつある。
</div>「オンライン処方サービス」のグレーゾーン
ここまで挙げてきたのは「完全に違法」な事例だが、現在最も判断が難しいのが**「オンライン処方サービス」**の存在だ。
医師の診察を経て処方するという点で、形式上は合法的に見える。しかし、複数の専門医が警鐘を鳴らしているのは以下の点である。
| 懸念ポイント | 内容 |
|---|---|
| 適応外使用の説明不足 | ダイエット目的が「適応外」であること、副作用救済制度の対象外になり得ることの説明が不十分 |
| 副作用リスクの軽視 | 低血糖、急性膵炎、甲状腺がんリスクなど重篤な副作用の説明が省略されがち |
| 代替薬の検討なし | 本来は肥満症治療薬「ゼップバウンド」を使うべきケースで、安価な「マンジャロ」を流用 |
| 医療広告ガイドライン違反 | 「打つだけで痩せる」など、誇大な表現での集客 |
厚生労働省の「医療広告ガイドライン」では、未承認・適応外の効能効果を強調する広告は原則禁止されている。にもかかわらず、「GLP-1ダイエット」「メディカルダイエット」といった表現を使った広告は、現在も多数存在している。
消費者として知っておきたい4つのポイント
ここまで読んで、「自分はマンジャロを使うつもりはないから関係ない」と思った人もいるかもしれない。だが、この問題は使う側だけではなく、見つけた側・周囲の人にも関わってくる。
Step 1:SNSで不正販売を見つけたら
通報先は次の通り。
| 通報先 | 連絡方法 |
|---|---|
| 東京都薬務課(東京都内なら) | X公式アカウント @yakumu_tokyo にリプライ |
| 厚生労働省「医薬品等の不適切な販売」窓口 | 厚労省ウェブサイトの専用フォーム |
| 各都道府県の薬務主管課 | 自治体ウェブサイトで連絡先確認 |
通報時には、投稿のURL、スクリーンショット、確認日時を保存しておくとスムーズだ。
Step 2:オンライン処方を検討する場合
利用前に必ず確認すべきポイントは以下。
- 運営している医療機関名が明示されているか
- 適応外使用であること、副作用救済制度の対象外になり得ることが明記されているか
- 副作用時の対応・連絡先が明確か
- 「打つだけで痩せる」などの誇大表現が使われていないか
これらが満たされていないサービスは、利用を見送るべきである。
Step 3:健康被害が出てしまったら
万が一、マンジャロ使用後に体調不良が出た場合は——
- 第一に医療機関を受診(消化器症状、低血糖、急性膵炎の症状など)
- **PMDA「医薬品副作用被害救済制度」**に相談(0120-149-931)
- **消費者ホットライン「188」**で消費生活センターに繋ぐ
ただし、適応外使用・個人輸入・SNS購入のいずれかに該当する場合、救済制度の対象外となる可能性が高い。これは厚労省・PMDAも明言している重要な事実だ。
Step 4:周囲の人が使っていたら
家族や友人が「ダイエットでマンジャロを始めた」と言い出したら、頭ごなしに否定するのではなく、以下の情報を共有してほしい。
- 適応外使用には副作用救済制度が適用されない
- 個人間取引は薬機法違反(3年以下の懲役、300万円以下の罰金)
- 本来は糖尿病患者のための薬で、供給逼迫が起きている
GLP-1/GIP系の薬は需要超過で限定出荷が繰り返されており、厚労省は「真に必要な2型糖尿病患者への優先供給」を要請している。美容目的の流用は、本当に必要な患者から薬を奪う行為でもある。
</div>おわりに——「みんなやってる」の向こう側にあるもの
SNSのタイムラインで広がる「痩せ薬」というワード。一見、新しいダイエット手段の発見のように見える。
しかし、その背景には——
- 違法な個人売買への加担
- 偽造品による健康被害
- 副作用救済制度の対象外という重い自己責任
- 本来必要な糖尿病患者への供給不足
という、複数の重大な問題が積み重なっている。
「みんなやってるから」「タレントが宣伝してたから」——その軽い動機の向こう側にあるのは、自分の体と、他人の治療機会を同時に脅かす行為だ。
医薬品は、特定の病気で苦しむ人々のために、副作用リスクと引き換えに承認されたもの。その重みを、もう一度立ち止まって考えたい。
スマホ画面の向こうで光る「在庫あります」の文字に、ブレーキをかけるその一瞬の判断が、自分の健康と、他者の治療機会を守ってくれる。
なお本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の医療相談・法律相談の代替にはならない。具体的な健康被害や法的トラブルについては、医師・弁護士・消費生活センターへの相談を強く推奨する。
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出典
- 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)第24条、第84条 https://elaws.e-gov.go.jp/
- 厚生労働省「医薬品等の個人輸入に関するQ&A」 https://www.mhlw.go.jp/
- 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)「医薬品副作用被害救済制度」 https://www.pmda.go.jp/relief-services/adr-sufferers/0001.html
- PMDA「マンジャロ皮下注 患者向医薬品ガイド」(2025年7月更新)
- 厚生労働省「医療広告ガイドライン」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/kokoku/index.html
- 日本糖尿病学会「適応外使用に対する自制要請」 https://jds.or.jp/
- 東京都保健医療局健康安全部薬務課 公式X
- 共同通信「投稿警告75%が『マンジャロ』 糖尿病薬、Xで不正取引か」(2026年5月)
- 英国MHRA「Counterfeit GLP-1 medicines alert」(2026年2月)
- 消費者ホットライン 188(消費者庁)